[巻頭言] 加速の時代に

Abstract

何か新しくプロジェクトを行う場合、事前にそれを実施するための基本方針を考え、少なくとも何が問題なのかを階層的に整理し、明確な目的を実現するための戦略を練るのが一般的な進め方であろう。それが趣味だったとしても何か考えるだろうし、無意識であっても何らかの目標を掲げ、個々の行動に時間設定する。インプロビゼーション(即興)に定評のあるミュージシャンでも永遠に続く演奏はしないし、熱狂的なオーディエンスもそれを期待しない。学術研究のプロポーザル(研究計画)も同様で、その内容の的確性・実現性・独創性を考えることは言うまでもなく、短期、長期問わず課題を閉じるまでの期間を設定する。資金助成を伴う場合は履行期間がより厳格化し、成果が求められる。残念だが、永遠に閉じることのない無限ループのプロポーザルを支援してくれるパトロンはいそうにない。仙台に来て、あっという間に3年が過ぎ、その間にも世界(学界)の変化の加速が半端ない。日本の研究力衰退のニュースで大失速の事実が強調されても、グローバルな変化の加速感が全く伝わってないと感じる。緊張感の無さに、変化に追従し続けることはもはや不可能なのかと思う瞬間もあるが、その大きな流れのなかにいる以上、他人事ではない。古い知識の更新のための勉強と新たな挑戦のための勉強、そして同じ意識をもった同朋とのブレインストーミングで、スパイラルダウンしないよう努力するしかない。幸い大学の教育現場は将来を担う人材育成の最前線である。次世代のために3年間何を意識してきたかここで振り返ろう。ミッション優先の共同利用・共同研究拠点の大学附置研究所・研究センターにいた頃とは大きく異なり、兼務先の研究科から毎年学生を受け入れる状況には工夫が必要であった。実質半年ほどしかない卒業課題で研究を論文化し、次に発展・展開可能な予察的データも確実に得る体制をイメージしながら、クリエイティブな環境づくり(「うしとら」第69号、1-2頁)と同時に、コンパクトでも野心的で世界に発信できるプロジェクトを徹底して考えた。工夫は確実に成果に繋がっている。学部4年で研究室に配属される学生には何が本質かを階層的に思考できるよう仕向け、英文LaTeXの強制で論理構造をトレーニングした。LaTeXは古典的な文書処理システムであるが、学術誌への投稿原稿をプレプリントサーバに登録する習慣が地球惑星科学の分野にも浸透しつつある昨今、ネオクラシカルな基本スキルの1つと言える。RやPythonといったプログラミング言語を駆使したデータ解析・可視化を実践導入しながら知的好奇心の引き出しも試みた。我々の分野でもデータベースを用いた統計解析・機械学習手法の活用があり、積極的に開発プラットフォームに親しむきっかけを作った。そしてなによりも課題を確実に閉じる(論文化する)ための時間制御を個々に強く意識させた。技術の進歩は10年前には5年程度必要だった研究も、工夫すれば1年で完結できる時代を提供した。想像をはるかに超えた世界の加速の一方で、5年先、10年先の学界の想像がより困難な時代かもしれない。教育現場は加速から孤立化することなく柔軟に対応したいものである。現場の研究者もダイナミックな変化のなかで自分を客観視し、最善を尽くそう。

Publication
東北大学東北アジア研究センター ニューズレター, no. 79, p. 1